ちょっと見るだけなら
「気をつけるがいいぞ、ソーチャク」高僧は不吉に言った。「わたしの決定にあまり激しく楯つくと、わたしがこの出来事はすべてはおまえのせいだと考えるかもしれん。チャバトは責め殺す者がいなくなって、失望のあまり病気になる」アガチャクは狡猾な目つきで尼僧を一瞥した。「ソーチャクを殺したらどうだ、おい? わたしはいつも、おまえにささやかな贈物をするのを喜びとしてきた。おまえがソーチャクのはらわたを赤く焼けた鉤針でゆっくりひきずりだす眺めは、さぞ楽しかろう」
炎のもようのついたチャバトの顔は、くやしさでいっぱいだった。ガリオンはチャバトが高僧をみくびっていたことに気づいた。過去何回もそうしてきたように、今度もアガチャクがおとなしく自分の横柄な要求を受け入れるものとチャバトは確信していたのだ。そして彼女はひと目見るなり嫌悪をおぼえたサディを罰することに、威信のすべてを賭けていた。彼女とソーチャクが用意した嫌疑が、アガチャクによって、おもいがけなくも、そしてほとんど軽蔑するように、拒絶されたことで、彼女の慢心したうぬぼれは根底からゆさぶられていた。だが、それよりもっと重大なのは、神殿における権力の地位までがぐらついてきたことだった。この状況からなにかを――なんでもいいから――救い出すことができなければ、チャバトは日頃から彼女をにがにがしく思っている大勢の敵にひきずりおろされてしまうだろう。みずからの優位を知っていたとき以上に、いまのチャバトは危険だった。ガリオンはサディがそのことに気づくように祈らずにいられなかった。
高僧の気分を推し量ろうとしながら、チャバトは警戒ぎみに目を細めていたが、やがて肩をそびやかしてウルギット王に話しかけた。「ここには国家的犯罪もございます、陛下」彼女は言った。「わたくしは聖所の冒涜のほうがより深刻かと思っておりましたが、尊敬する高僧さまがその英知において、そちらの嫌疑は根拠のないものであることを発見なさいましたので、国をおびやかす犯罪についてご忠告申しあげるのが、いまのわたくしの義務でございます」
ウルギットはアガチャクとすばやく視線をかわすと、悲しげな目をして、さらに椅子に沈みこんだ。「聖職者の言葉はつねに聞く用意があるぞ」かれはさほど気のりしないようすで答えた。
チャバトはふたたび勝ち誇った表情になり、おおっぴらな憎悪をうかべてサディを見やった。「わたくしたちの国家創設のころより、蛇の民のいやらしい薬や毒薬はクトル?マーゴスでは国の法令により禁じられてまいりました。このウッサと従者たちが独房に監禁されましたあと、かれらの身の回り品を調べさせたのです」チャバトはくるりと向きをかえて、「あの箱を持ってくるように」と命令した。
わきのドアが開き、ぺこぺこした下級僧がサディの赤い革の箱を持ってはいってきた。狂信者のソーチャクが、やはり勝ち誇った笑いをうかべて、箱をうけとった。「スシス?トールのウッサがわれわれの法を破り、よって、命を剥奪される証拠をごらんください」ソーチャクは甲高い声で言うと、掛け金をはずして箱をあけ、サディのさまざまなガラス瓶と、ジスが住んでいる土焼きの瓶を見せた。
ウルギットがますますみじめな顔つきになった。かれは不安そうにサディを見ると、期待をこめてたずねた。「こういうものを持っていることについての説明はあるんだろうね?」
サディはおおげさに無邪気な表情をつくった。「陛下、まさかわたしがここクトル?マーゴスにこれらのものを広めようとしていたとお考えなのではないでしょうね」かれは抗議口調で言った。
「しかしだな」ウルギットはあいまいに言った。「おまえはそういうものを所持しているではないか」
「それはもちろんでございますが、マロリー人向けの商品としてでございます。あの連中のあいだでは、このような品は高く売れるのです」
「それはそうだろうな」ウルギットは椅子のなかで背筋をのばした。「すると、わが国民に薬を売るつもりはなかったと?」
「めっそうもないことでございますよ、陛下」サディは怒ったように答えた。
ウルギットはほっとした顔になった。「やれやれだ」かれはサディをにらみつけているチャバトに言った。「そういうわけだ。ここにいるニーサの友人がマロリー人を骨ぬきにしようとしている事実については、われわれのだれひとり異議を唱えることはできんはずだ――口だししなければ、それだけ好都合だ」
「これはどうなのです?」ソーチャクがサディの箱を床におろして、土焼きの瓶をもちあげた。「ここにはどんな秘密が隠してあるんだ、スシス?トールのウッサ?」かれは瓶をゆすった。
「気をつけてくださいよ!」サディは叫ぶなり、片手を伸ばして瓶にとびつこうとした。
「ははあ!」チャバトが勝ち誇った声で叫んだ。「その瓶の中には、奴隷商人の大事ななにかがはいっているらしいね。中身を調べさせてもらうよ。まだ発見されていない犯罪がここにひそんでいるやもしれない。瓶をあけよ、ソーチャク」
「お願いです」サディは懇願した。「命を大切になさるなら、その瓶に手を出さないでください」
「いいからあけよ、ソーチャク」チャバトは無情に命令した。
グロリムはほくそえみながらふたたび瓶をゆすると、コル物業二按ク栓をはずしはじめた。
「後生です、お坊さま!」サディは声をふるわせた。
「見るだけだ」ソーチャクはにやにや笑った。「害はあるまい」かれはコルク栓をぬいて、瓶をもちあげ、片目をあてて中をのぞきこんだ。
ジスがとっさに攻撃したのは、言うまでもない。
首をしめられたような悲鳴をあげて、ソーチャクは両腕をふりまわしながら、うしろ向きにのけぞった。そのはずみに土焼きの瓶がソーチャクの手からとびだし、床に落下する寸前にサディが受け止めた。襲われた僧侶は恐怖に顔をゆがめて、両手で目をおおった。と、指のあいだ公屋貸款から血が噴き出した。ソーチャクは手足をけいれんさせて豚のような金切り声をあげはじめた。いきなり前のめりに倒れ、狂ったように顔をたたいて皮膚をかきむしった。次に頭を床に打ちつけはじめた。けいれんはますます激しくなり、口から泡をふきはじめた。甲高い絶叫とともに、かれは突然宙高くとびあがった。落下したとき、ソーチャクは絶命していた。
肝をつぶしたような静寂が一瞬あたりを支配し、やがてチャバトが黄色い声をはりあげた。「ソーチャク!」その声は苦悩とかけがえのないものを失った不安に満ち雀巢奶粉ていた。彼女は死んだ男のかたわらに駆け寄ると、身をなげかけて身も世もないようにすすり泣いた。