日が沈むころ〈
「それがどうかしたかね」盾の位置を直し、剣を握った腕を曲げる。「首は無傷で残しておきますか、閣下」と貴族に声をかける。「記念に壁にでも掛けられるように」
「できるもんか!」ジェイケンは今にも気を失いそうだ。
クリクは馬を進めた。剣が日光を反射してぎらりと光る。「やってみせようか」その声は岩さえ震え上がりそうなほど恐ろしげだった。
若者は恐怖のあまり目を大きく見開いて馬に飛び乗り、サテンの服を着た取り巻きたちを引き連れて逃げていってしまった。

「これでほぼお望みどおりでしたでしょうか、閣下」クリクが貴族に尋ねた。
「完壁でした、騎士殿。ああいう目に遭《あ》わせてやりたいと何年も思っていたのです」貴族はため息をつき、言い訳でもするように話しはじめた。「妻との結婚は政略結婚でした。妻の家は高い爵位を持っていたが、大きな負債に苦しんでいた。わたしの家は金と土地を持っていたが、身分はあまりぱっとしたものではなかった。両家の親たちは申しぶんないと思ったようだが、妻とわたしはほとんど話をすることもなかった。わたしはできるだけ妻を避け、恥ずかしながら、何人ものほかの女と浮気をした。金さえ出せば自由にできる若い女が、いくらでもいたのだ。妻はあの不肖の息子に慰めを見出した。ほかに熱中することが何もなかったのだ。わたしの人生をできるだけ惨めなものにすることには熱中していたかもしれんが。わたしは父親としての義務を怠った」
「わたしにも息子がいます」馬を進めながらクリクが応じた。「みんないい息子たちですが、一人だけどうしようもないのがいましてね」
タレンは目を上げて天を仰いだが、何も言わなかった。
「遠くまでおいでになれるのですか」明らかに話題を変えようとして、貴族が尋ねた。
「ヴェンネへ行くところです」
「それはかなりの長旅ですな。領地の東のはずれに夏の別邸があります。よろしければ泊まっていらっしゃいませんか。夜までには着けるでしょうし、お世話をする召使たちもおります」苦い顔になって、「館にご招待するのが筋なのでしょうが、今夜はいささか騒々しいことになりそうですからな。妻の声はよく響く上に、今日わたしが決めたことをすんなり受け入れるとはとても思えませんから」
「ご親切にありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「息子の失礼を思えば、お詫《わ》びにもなりません。どうすればあの性根を叩き直してやれるものやら」
「わたしは革のベルトでいい結果を出していますよ」
貴族は苦笑した。
「悪くない考えかもしれませんな」
一行はよく晴れた午後の陽射しの中を進んで、夏の別邸〉に到着した。それは大邸宅と言ってもいいくらいの広壮な屋敷だった。貴族は召使たちに指示を与えてから、ふたたび馬にまたがった。
「わたしもこちらに泊まりたいくらいなのですが、妻が家じゅうの皿を割ってしまう前に帰ったほうがよさそうですからな。妻には居心地のいい尼僧院を見つけてやって、わたしもこれからは平穏な生活を送るつもりです」
「お気持ちはわかりますよ、閣下」クリクが答えた。「幸運をお祈りします」
「道中ご無事で、騎士殿」貴族はそう言うと馬首をめぐらせ、やってきた道を戻っていった。
屋敷の玄関広間で大理石の床の上に立ったとき、ベヴィエがクリクに声をかけた。
「クリク、さっきは大いにわたしの甲冑の面目を施してくれました。わたしだったら二言と言わせずに、剣を突き立てていたところだ」
クリクは笑顔になった。